日本の骨髄移植の夜明け ── 1974年、金沢大学の挑戦

日本で初めて骨髄移植が成功したのは1974年のことでした。金沢大学附属病院の血液内科がその先駆けとなり、現在に至るまで「日本で最初に骨髄移植を成功させた医療機関」として知られています。当時、白血病は「不治の病」と言われており、化学療法だけでは多くの患者が命を落としていました。骨髄移植という革命的な治療法は、まさに絶望の中に灯した小さな希望の光でした。


世界の潮流 ── トーマス博士とノーベル賞

骨髄移植の歴史を語るには、アメリカのE・ドナル・トーマス博士を外すことはできません。1957年に白血病患者への骨髄移植を初めて試み、その後の研究で技術を確立。1990年にはノーベル生理学・医学賞を受賞しました。日本でも1970年代から兄弟間(血縁者間)の骨髄移植が行われ始め、少しずつ実績を積み重ねていきます。


骨髄バンク設立への道 ── 1980年代の患者たちの声

骨髄移植の最大の壁は「ドナーが見つからない」ことでした。HLA(白血球の型)が一致する非血縁ドナーは兄弟でも約25%しか見つからず、家族の外に探す手段がなかった時代、多くの患者が移植を受けられずに亡くなっていきました。1986年、白血病の娘を持つ母親・吉田玲子さんが「非血縁者のドナーを登録するシステムを作ってほしい」と訴え、運動が広がります。この市民の声が、日本の骨髄バンク設立を促す大きな力となりました。


日本骨髄バンクの誕生 ── 1991年12月

患者・家族・医療者・行政の努力が実を結び、1991年12月、財団法人骨髄移植推進財団(現・公益財団法人 日本骨髄バンク)が設立されました。翌1992年からドナーと患者の登録が始まり、1993年1月、初の非血縁者間骨髄移植のあっせんが成功します。血のつながりのない他人が命をつなぐ──この瞬間は、日本の医療史に刻まれた感動的な一ページです。


骨髄バンクの成長:登録者数と移植累計の歩み

年出来事
1991年12月日本骨髄バンク設立(財団法人骨髄移植推進財団)
1992年ドナー・患者登録開始
1993年1月初の非血縁者間骨髄移植あっせん成功
2013年公益財団法人へ移行
2016年10月移植累計2万例達成
2019年3月ドナー登録者数50万人突破
2020年12月移植累計2万5,000例・登録者53万人

臍帯血バンクの登場と移植の多様化

1990年代後半には、出産時の臍帯血(へその緒の血液)を保存・活用する「臍帯血バンク」が整備されました。臍帯血移植は骨髄移植と比べてHLAの適合条件が緩く、移植までの期間が短いという利点があります。2000年代以降は末梢血幹細胞移植も普及し、「骨髄移植」という言葉が「造血幹細胞移植」という広い概念に包括されるようになりました。


現在の課題と「スワブ登録」の挑戦

2024年現在、日本骨髄バンクのドナー登録者数は約54万人。移植を必要とする患者は年間約2,000人前後いますが、適合ドナーが見つからないケースも依然として存在します。また、登録者の多くは40代以上に偏っており、若い世代の登録者増加が課題です。2026年には採血不要・自宅から登録できる「スワブ(口腔粘膜)登録」が本格導入予定で、若者への普及が期待されています(当サイト関連記事参照)。


出典・参考情報


Harryからひとこと

妻が白血病を患ったとき、私は骨髄ドナーへの登録を試みました。しかし脊椎ヘルニアの手術歴があったため、残念ながら登録を断念せざるを得ませんでした。骨髄バンクの設立には、多くの患者家族の悲しみと希望が積み重なっています。1986年に声を上げた吉田玲子さんのような方々の努力があって、今の骨髄バンクがある。私が登録できなかった分、せめてこのサイトを通じて一人でも多くの人に骨髄バンクのことを伝えたい。それが今の私にできることだと思っています。

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